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中谷 さとみさん
手漉き和紙をミリ単位で裁断し、手で撚(よ)って糸にする。さらにその糸を手織りする。
そんな膨大な作業を通して作られる布を紙布(しふ)と言います。現在もこれらの工程を全て手作業で行なっているのは全国にも数人しかいらっしゃいません。今回はそのお一人。2020年に美濃市に移住してきた紙布作家、中谷さとみさんにお話を聞いてきました。
紙布作家になったきっかけ
中谷さんは幼少期から書道をしていたそうですが、練習には失敗がつきもの。一つの作品を完成させるために多い時には数百枚の紙を使っていました。失敗した紙は廃棄するほかなく、多くの紙を無駄にしてしまっているように感じました。そこで失敗した紙をなんとかできないかと活用方法を模索していたところ紙布に出会います。
結局最近の紙にはパルプが多く含まれていることが原因で紙布にすることができませんでしたが、昔ながらの手漉き和紙を使った紙布づくりをするきっかけとなりました。
中谷さんは他にも藍染のインストラクターとしても活動しています。藍染は蓼(たで)藍という植物の葉を乾燥させ、砕いたものを発酵させたものを染料とする昔ながらの手法。驚きだったのはもう染めることができなくなった液はなんと畑に戻して肥料にしてしまうんだとか。天然由来の素材だからこその活用方法です。このようにして捨てることなく、余すことなく循環させることに関心があり、自分もその輪を作りたいという思いから紙布作家にななりました。
紙布にぴったりな紙と家を求めて美濃へ
中谷さんは奈良県の出身。奈良にも紙漉きの文化は残っていましたが、「薄くて、強い」という条件を満たしたものでなければいけなかったため紙布づくりには適していませんでした。また現在はどの地域でも職人の継承者不足が問題になっているため求める性質を持った和紙を特注することは難しいと判断しました。そこで紙布に適した和紙を求めて様々な全国の和紙産地をまわった中で、美濃和紙の「薄美濃」を見つけます。「薄美濃」は薄くて強くてしなやかな紙で、美濃和紙の職人さんがそれぞれの力量で漉いているので豊富なラインナップから紙を選べたことが移住の決め手になりました。
さらに紙だけではなく、今住んでいる古民家も紙布を作るためにピッタリだったそう。「紙布は今の新しい家では織れない。乾燥すれば糸が切れるし、湿気があっても絡まってしまって機織りができないんです。それが古民家だと襖や障子、畳が湿気をうまく調節してくれて紙布を織るのに全く困らないんです」と。昔からの伝統と古民家。先人の知恵には驚かされますね。
本当に良いものを紙布を通じて残していく
中谷さんは今の簡単で手軽になんでもできる現代に疑問を感じていました。「紙布という伝統、この古民家が無くなってしまわないようにしたい。そのために自分が住むというよりは知ってもらいたい。そしてこんな良いものが残せたらいいなと思ってほしいです」と中谷さん。目に見えてわかりにくいものの、昔ながらの良いものがたくさんあります。実際に紙布を手に取ってもらうと「あの薄い紙が布に!?」と驚かれることもしばしばあるそう。「紙布を通じてずっと続いてきた本当の良さを多くの人に伝えていきたい」と中谷さんは語ります。
この記事を書いた人
藤原 拓海
2023年2月から美濃市の地域おこし協力隊としてNPO美濃のすまいづくりに所属。空き家コンシェルジュとして美濃市の空き家問題解決に向けて活動しています。